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 随分前から舞台公演での再生機器環境もデジタル化が定着し、それぞれのメディアに対してそれぞれの不満を残しながらも、舞台公演のジャンルに合わせて、或いは公演内容、或いは予算、或いはオペレータの人数に合わせて、皆さん工夫をなさっています。

 私のオペレート環境もMacをメインに必要に応じてMDを追加するというスタイルが定着しています。
 この現状を以て「オープンの時代は終わった」と言われています。確かに、音質、使い勝手、どれをとっても現行のデジタルメディアがオープンを凌駕してきたように感じます。これは約10年前、オープンに替わるデジタルメディアが模索され始めたころ、次々に登場する製品に対し、現場側が細かくしつこく忍耐強くダメ出しを続け、メーカーと共に改良に励んだ、その成果と言えるでしょう。
 現在では、「もうオープンの時代は終わった」と、多くの現場の方が、晴れ晴れとした顔でおっしゃいます。私も、再生機器としてのオープンは、もう終わったなと思っています。が、現場の皆さんがそれに続けて、「だからもうオープンいらない」「オープンはもう処分した」とおっしゃると、それについては私は、「え?どうして?」と疑問符を付けてしまうのです。

 お忘れでしょうか。オープンデッキは、再生機器としての側面と、もう一つ、「効果音作成の道具」としての側面を持っていることを。

 基本操作はスクラッチですが、有名なところでは動物の鳴き声やコントラバスの音を元に怪獣の鳴き声を作った話は皆さんもお聞きになったことがあるでしょう。私も鉄板を叩く音を使って雷の音を作ったり、キャベツを切った音を使って人を斬る音を作ったりしました。
 こういう作業に関しては、デジタルメディアに付いているジョグなど何の役にも立ちません。発泡スチロールを糸ノコで切った音を元に、「時間が引き裂かれる音、時間が引き裂かれる時の悲鳴」という、あまりにも観念的でしかもその舞台の根源的テーマを象徴する音を作ったとき、何百とテイクを重ね、決め手になったのは、スクラッチをかけるときに右手の親指でテープに僅かにテンションをかけてやる、その親指のほんのわずかな関節のバイブレーションでした。
 オープンデッキは、再生機器としての役目は終えましたが、効果音作成のツールとしては、他に替わりの無い、大切な「道具」です。
 その機能があまり重要視されていない理由の一つに、今、舞台音響さんが、あまり自前で効果音を作らなくなった、という現状が挙げられると思います。

 勿論、舞台音響の歴史の蓄積の中で、今まで作り貯めてきた効果音の財産があるから、という立派な理由もあります。
 また、新たに作らなければならない効果音のリクエストがないとおっしゃる方もいらっしゃいます。が、このエッセイでも度々申し上げている通り、若い世代の演出家が既に幼いころからテレビに毒されてしまっていて、テレビ的な感性しか持っていない人が増えてしまっています。そういう演出家からはリクエストは出てきません。私達がプロの音響だという自負がある以上、その公演を音の面から演出の手助けをするのだという気持ちでこちらから提案していけば、若い演出家でも喜んで提案を聞いてくれます。演出家の御用聞きのような仕事をして、それで「近頃の演出家は」と嘆いて見せるのは、音響家として怠慢だと思います。

 中には、音響さん自身が効果音に対して鈍感な感性しか持ち合わせなくなってしまっている人もいます。
 以前、私がいる劇場に、オペラの世界では有名だという音響デザイナーだと名乗る人物がオペラ公演に付いてやって来まして、劇中にて使用する雷の音を、「劇場でなんか良いのをお持ちですかぁ?」と無心してきて、開いた口が塞がらずに外れそうになったことがあります。
 そうやって「こんなもんでいいや」と適当に選んだ効果音は、既に「効果の音」ではなく単なる「音の記号」です。

 テレビでも皆さんおなじみの、あの、どこのテレビ局のどんな番組でも、山あいや海の見える谷の映像に必ず鳴いている、あのトンビの鳴き声。
 「このトンビ、どこででも鳴いてるなあ。随分長生きのトンビだなあ。さっき他局の時代劇で鳴いてたのに、今度はこっちの紀行番組で全然違う土地で鳴いてらぁ。売れっ子のトンビだなぁ。」と、いつも笑わせてもらってますが、笑い事じゃありません。
 そういう効果音に対する無責任極まりない姿勢が、テレビを見る若い世代の音に対する感性をどれだけ蹂躙していることか。
 この放送技術を毎号手にして、毎回何かしらの新しい技術の紹介が掲載されているのを見る度、暗澹たる気分になります。
 技術は日進月歩で進化しているのに、あのトンビはいつまでああして飛んでいなければならないのかと。

 今、私の目の前に、一台だけ残して大事にしているオープンがMac二台に挟まれて佇んでいます。こいつは再生機器の役目は終えましたが、効果音作りの道具として、これからもずっと私の「相棒」です。

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