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 歯医者さんの業界誌「月刊デンタルプレジデント」さんから、エッセイをひとつ書いてみませんかとのお誘いを受けまして、この「音話屋ダイアリー」番外編を掲載させていただくことになりました。
 ネットでこのエッセイのバックナンバーをお読みになって、兼六館出版にお問い合わせ下さったそうで、大変光栄で嬉しく有り難いことだと思っています。

 私の音の仕事に、歯の話や健康の話を絡めて書いて下さい、とのリクエストを頂きまして、舞台の作品の中で歯医者さんと言えば、有名なロックミュージカル「リトルショップ・オブ・ホラーズ」に登場する頭のイカレた歯科医、ドクター・バイオレンスでしょう。
 この作品はオフブロードウェイでは定番中の定番になっている人気作品であり、日本でも度々上演されていますので、御存知の方も多いと思います。

 ハーレーを乗り回し、歯科医の白衣の上に革ジャンを羽織り、いつもポケットに麻酔ガスを持ち歩いて、事ある度にガスを吸っては「このガス上物だぜ!」と叫び、暴れ回る、トンデモナイ歯医者さんです。
 他人が痛がり苦しむのを見るのがたまらなくエクスタシーだという理由で歯医者になったというこのキャラクター、「麻酔ガスは患者の為にあるんじゃない、俺がブッ飛ぶためにあるんだァ!」と高笑いしては、治療中にガスマスクをして麻酔ガスを吸い続け、ラリって患者の歯を麻酔なしで抜きまくり、最後はガス中毒で死んでいきます。

 が、まさか歯医者さんの業界誌にエッセイを頼まれてこの作品とこのキャラを採り上げて、そのイカレ具合を綿々と書き綴ってもシャレになりません。自慢じゃありませんが私にだって親知らずもあれば虫歯もあります。エッセイが掲載された後で歯医者に行って、歯医者さんがドリルをキュインキュイン言わせながら
「読みましたよ石丸さん。今日は一つ麻酔なしでいってみましょうか。なぁにガスは私の方で吸っておきますんで」とかなんとか言われた日には、小心者で痛いのと寒いのが大嫌いな私は即気を失うでしょう。
ま、気を失っているうちに抜いてもらってしまうという手もありますが。

 この歯医者さんのドリルのキュインキュインという音、私がこの作品をお手伝いした時には、(私はメインの音響チーフではなくチーフに頼まれて効果音のお手伝いでした)実際の歯医者さんの器具の音を完パケで出すのをやめて、舞台裏で電気ドリルの音をカゲマイクで拾い、治療椅子の裏に仕込んだ大きめのスピーカから出す、という方法を採りました。
 モニターTVで俳優のアクションを見ながらそれに合わせて舞台裏で電気ドリルをキュインキュインとやる訳ですが、動きに音が合っている、というのが、なまじ本物の歯医者さんの器具の音を再生するよりもウケたようです。

 あとは、いわゆる客席向けメインスピーカから出さないで、治療しているところから聞こえてくる、という点です。大きめの会場だったので大きめの仕込みスピーカが必要になりましたが、それでも定位の効果というものが十分にあったと思います。
 この頃の舞台公演は音楽も台詞も効果音もみんな、メインスピーカからドカーンと出してしまって、まるで舞台と客席の間にブラウン管があるようです。
 演出家が既にテレビの影響を受けすぎてしまっているので、音響さんがサジェッションしていかなければならないのですが、その音響さんが何だか御用聞きのようになってしまっていて、言われた音だけ言いなりの音量で出す、という公演が増えています。
 こんな舞台公演ではお客様に「これじゃテレビで劇場中継見てても同じだ」と思われてしまいます。

 劇場中継と実際の公演の一番の違いは空間です。
 劇場は舞台の奥から客席の一番後ろまでが一つの空間で、その空間に音のパノラマを描くのが音響の仕事の一つです。つまり舞台音響とは立体音響そのものであって、舞台音響に立体音響という新しい技術を導入するという考え自体がナンセンスで、劇場の特性を知らなさすぎる、ということになります。

 大事なことは、「どのキッカケでどんな音を出すか」とだけ考えるのではなく、「どのキッカケで、どんな音を、どこから、どのように聴かせるか」だと思います。不思議なことに、昔ながらの音響さん、それもお芝居の音響さんはそうなさっているのですが、年を追う毎にそれがキチンと成されていない公演が増えてきている、ロックコンサートと変わらないようなミュージカルやお芝居が増えてきているというのはどうしたことでしょう。

 こういう事を歯医者さんの業界誌に執筆してもしょうがないので、全然違うお話を書きました。
 いつも一本書き上げると、ファイルをセーブして二〜三日放っておいてパソコンの中で熟成させて、それから周囲の何人かに読んでもらって、「面白いよ」と無理やり言わせて、それでようやく安心して入稿します。月刊デンタルプレジデントの音話屋ダイアリー番外編もそうやって入稿を済ませました。

 5月号に掲載されるということでしたので、寛大なお心をお持ちの方は、一冊お手に取って頂ければ、誠に感謝感激の極みでございます。

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