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 公演の始まりはいつもそうですが、茶色い大きな分厚い封筒が届くと、封を開けて台本と稽古スケジュールを取り出し、スケジュールを冷蔵庫に貼り、真新しいピンとした台本の表紙に「石丸」の千社札を貼ります。そうすると、いよいよまた始まるな、3ヶ月間風邪引けないな、と気持ちが高揚してきます。で、その高揚した気持ちに応えるべく、気持ちの行く先は焼き肉屋で「とりあえずユッケ、それからネギ塩カルビ…」と高揚感に目先の満足感を与えてやる訳です。

 実際それは自分が食べるというよりは自分の中の野性、高揚したケダモノにガツガツと餌を与えるといったようなもので、それをせずに台本に目を通すと、ただでさえ血の気の多い私の想像力は暴走して、スタートでホイールスピン、第一コーナーで突っ込みすぎてガードに激突、というプランになってしまいます。

 全くお恥ずかしい話で汗顔の至りですが、実際のところ、プランは立ち稽古になって役者と向き合ってからが本番で、それまではざっと「当たりをつけておく」といいますか、ト書きや台詞の中にある音の整理と、台本上から浮かんでくる音の整理をしておくに留まります。私が付き合う公演の殆どは音楽が生演奏なので完パケの録音に付き合う事があまりありません。生演奏以外の音楽が必要な場合、その手配を立ち稽古前に済ませる位です。

 その、最初に台本に目を通した時、それから最初に立ち稽古を見て役者の芝居、声、間と向き合ったときに浮かんでくるファーストインプレッションは、私にとっては、結構重要なものだったな、と公演終了後に思わされることが多くあります。これは音響さん人それぞれですから、あくまでも私の場合、です。

 私の師匠は、プランが出来上がったら、それをとにかく「ここはいらない、これもいらない」と削る作業をする、と言っていました。これを、「プランにカンナをかける」と密かに呼んでいます。徹底的にこの時点で自分のプランを客観的に突き放す訳ですね。
 そうやってカンナをかけて、残った「ここぞという一発」が、ビシッと決まるから私なんぞはその師匠のプランのオペをしていて「ハァ〜」とため息をつくしかありませんでした。
 門前の小僧、の習いで私も見様見真似でやるのですが、どうも不惑の齢も近いというのに惑ってばかりで、削りきれないんですな。色気を出してしまって。

 ただ、こんな私にも、一つだけ拠り所があります。
 先にお話ししたファーストインプレッションで、これだと閃いたもの、大体一つの芝居の中で一つか二つですが、そこさえ軸足から外さなければ、あとはそこから流れが出来ていきます。
 それを局所局所で「ここはこうしたほうがいいのではないか」などと熟考して、いい結果が出たためしがありません。
 要するに頭が悪いんだと思います。が、そのファーストインプレッションの閃きについては、ある映画の、忘れられない台詞が、もう20年以上も私を支えてくれていて、それが私の本当の拠り所になっているのです。

 その映画スターの名はブルース・リー。彼の映画「燃えよドラゴン」で、彼が弟子に稽古を付けているときの短い台詞、「考えるな。感じるんだ。」
 映画では「Don't think,Feel.」学生だった私はこの短い一言に、雷に打たれたようでした。

 ある人が「みんな洋画を見に行って感動したとかいうけど、実際のところ戸田奈津子に感動してるんだ」と雑誌に書いていて、なるほどと思いましたが、この「Don't think,Feel.」なら、みんなめいめいに自由に訳して受け止められるでしょう。実際、人によっては「考えるんじゃない。感じろ」とか、「考えるのではなく感じなさい」とか、自分に一番フィーリングの合う訳をしています。上映字幕では「考えるんじゃない。感じるんだ。」でしたでしょうか。

 私の訳は「考えるな。感じるんだ。」このブルース・リーの教えは、全てのシチュエーションで私の中に響いてきます。ちょうど映画「スター・ウォーズ」で、ルーク・スカイウォーカーの心の中に師オビ・ワンの声が「フォースを信じるのだ」と折に触れ響いてくるのに似ています。

 台本を考えるな。台本を感じるんだ。
 芝居を考えるな。芝居を感じるんだ。
 プランを考えるな。プランを感じるんだ。
 音を考えるな。音を感じるんだ。
 状況を考えるな。状況を感じるんだ。

 そうすると、「どうあるべきか」を考えなくても、自ずと「どうあるべきか」が浮かび上がってきます。
 私はそれにただ身を任せるだけです。その方が、あれこれと熟考した結果よりもはるかに良い結果になることの方が圧倒的に多いですし、熟考した結果、最初に閃いたところに戻ってくるということもしょっちゅうです。

 壁にぶち当たって行き詰まると、心を静かに落ち着けて「考えるな。感じるんだ。」と、自分を透明にしていきます。そうすると壁の向こうから「アチャーッ!」と怪鳥音とともにブルース・リー先生が壁をブチ破って跳び蹴りで登場して、先が見えてきます。
 さて、それでは台本を開くことにしましょうか。

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