otowa.gif

 こんにちは。お久しぶりです。お元気ですか。
先日貴方から結婚するとメールを貰い、祝電を打とうか、花を贈ろうか、いろいろぐずぐずと考えているうちに、結婚式の当日になってしまいました。
で、こうしてメールを書いています。
せっかくですから、何かお話を一つ書きましょう。

98年5月号で「アンプラグド」という話を書きました。
あの時は、劇場で携帯電話の電源を切ろうという切り口から、「情報化社会になると、ディスプレイの前で手に入る『情報』ではなく、自分の生身で『体験』する、ということが贅沢になり貴重になる。遊園地と劇場はその最たるものだ」という話をしました。
舞台表現は、だからこそ、映画やテレビが出てきても、廃れるどころかますます盛んになり、表現手段として、アルファでありオメガなのだという話です。

その中で、私は「アンプラグド」の私なりの定義として、生身に戻り、自分を鎧から解放し、人間の本来の感覚のコンディションを取り戻すことだとして、現在の私達を取り巻く状況を、
『情報化社会は人をどんどん鎧で覆い、覆われた中で人の本来の感覚はどんどん鈍感になっていきます。
 ですから、表現方法も「もっと激しく、もっと過激に」と要求されてしまうのです。』
と書きました。

実を言いますと、貴方が結婚するとメールで知っても、何だか全然ピンとこないんです。ごめんなさい、こんな失礼なことをおめでたい時に言って。
ちゃんと、良かったなぁ、嬉しいなぁ、幸せになって欲しいなぁって思ってるんです。ちゃんと、っていうのも変か。
その一方で、メールアドレスは変わるのかなぁ、名字は何になるのかなぁ、でも貴方は貴方で私にとっては変わらないしなぁ、なんて事を考えてもいます。
自分でもこんなことは初めてのことで、ちょっとビックリしているんです。
もちろん、メール等ネットでのコミュニケーションを否定したり軽んじたりするつもりはありません。

インテリジェント通信のコミュニケーションは、人々を距離、時間、身体の障害、住んでいる場所、あらゆる壁を飛び越えて平等にしてくれます。その価値は計り知れないものがあり、事実私もその恩恵に首までずっぽり漬かっているわけです。

貴方が初めてメールを下さったのも、この「音話屋ダイアリー」の最後にいつも書いてあるサイトアドレスからでしたし、ネットによるコミュニケーションがなければ私達は知り合うことは出来なかったでしょう。

思い出すのは去年の秋、貴方が東京のNHKで研修がある、NHKの砧に宿泊するので時間がとれたら会いましょうと連絡をくれた時のことです。
私は弟子のSを連れて渋谷に出向き、貴方と3人で渋谷のロシア料理店で、とても楽しい一時を過ごしました。
肌寒くなった秋の夜、私達は語りつつ食べ、語りつつ飲み、時の経つのは食べる時間も飲む時間も惜しいとばかりに話しまくりました。
それまでネットの上でメールに書き連ねた文字だけがそれぞれの存在でしかなかったのが、(私とSはサイトの写真で顔を晒してしまっていますが)その時初めて3人は、「アンプラグド」で互いに存在を確認しあった、その感激、その歓びが、3人をあれだけ高揚させ、リアルという言葉を体感した生身の人間の率直な感触を楽しんだのだと思います。

気がつけば夜はさらに更け、貴方がいきなり「そうだ、NHK砧の門限に間に合わない!」と叫び、私とSはびっくりしましたね。
「修学旅行じゃあるまいし!」
「門限なんて信じらんな〜い!」
「受信料払ってるのに〜!」
理不尽な怒りをブゥブゥ叫ぶ私とSに貴方は何度もゴメンナサイとあやまって(貴方のせいじゃないのに)、私とSは別れを惜しむことも出来ずにあなたをとにかくタクシーに押し込みました。
走り去って行くタクシーを私とSは、ハチ公前交差点で見えなくなるまでいつまでも見送っていました。

私とSにとって貴方とのリアルなアンプラグドは、あのシーンでポーズがかかったままなのです。
きっとこれが、生身の人間の当然の反応で、ネットが無ければ知り合えず、でもネットだけでは人間と人間のコネクトにはならず、ネットのコミュニケーションは最終的にアンプラグドでのコネクトをするための道に続いているべきだろうと思うのです。
是非是非、旦那様と一緒にまたおいで下さいませ。
私とSは手ぐすね引いて待っております。
その時きっと私の中で「あぁ結婚したんだなぁ、よかったなぁ、嬉しいなぁ」という気持ちがわき起こってくるんでしょう。

出崎さん、結婚おめでとう。お幸せに。

backback
OTOWAYA home