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 舞台の上は一期一会の世界。例え1ヶ月、半年、数年にわたるロングランの公演を行っていても、一度として同じ公演はありません。毎日、毎回が、二度と繰り返すことの出来ない、作り手とお客との刹那の出逢いです。

…な〜んてもっともらしい書き出しで始まりましたが、今月皆様にお話しさせていただくのは、皆様が上記のことを十分に御理解いただけていても、それでも、「おいおい、ウソだろォ!?」とおっしゃられるようなお話です。
どうか「笑って欲しくてとうとうこんな嘘まで書くようになったか」とおっしゃらないで下さいませ。
「ウソだろォ!?」と言いたかったのは、その時まさにフェーダーを握っていた、私達の方なんです。

 忠臣蔵、松の廊下で刃傷に及んだ浅野内匠頭が切腹と相成り、辞世の句を詠み、家来に向かって
「内蔵助はまだか。」
家来、下手にて花道の奥、揚げ幕の方をグッと見込みながら、
「未だ参上…」
と内匠頭に平伏しつつ
「仕りませぬ…」
これを三度繰り返して、揚げ幕より花道を駆けて内蔵助の登場となるのですが、この
「内蔵助はまだか」
「未だ参上…仕りませぬ」の二回目、
「未だ参上…」
と花道の方を見込もうとした、その瞬間、揚げ幕から、
ダダダダダダダダダーッ
と、猫が。
モノスゴイ勢いで花道を走って本舞台、下袖へ。
 猫参上。
 客席はもう、はち切れんばかりのテンションの高さで、誰か一人でも吹き出せば、張りつめた風船が破裂するように大爆笑の渦になるのを、千人以上のお客が必死になってこらえていました。
 揚げ幕の中のマイクを卓のプリフェーダーで検聴すると、揚げ幕の中で、自分より先に猫に参上されてしまった内蔵助が、
「オイオイ、どっから来たんだよォあの猫はよォ。」
とボヤイていました。

 幕開きにもいろいろあります。
 浅葱幕、と呼ばれる、少し緑がかった水色の幕を、間口いっぱいに張って、チョーンという柝でバサッと振り落とし、一瞬にしてその場が開く、「振り落とし」という幕開きです。
 振り落とした幕は、4〜5人の黒子さんが、幕を手繰り込むようにしながら、ササササーッと上手へ走り込んでいきます。
が。
 チョーンとなってバサッと振り落として、黒子さんがササササーッと走り込んでいくとき。
下手から3人目の黒子さんが、走りながら、速いスピードで引っ張って行かれる幕を、思わず踏んでしまいました。
 幕は勿論止まりません。足を取られ、転び、幕にしがみつき、腕を巻き込まれ、仰向けになり、体ごと巻き込まれ、必死でもがくのですが物凄いスピードで自分の身体ごと幕が上手に引っ張っていかれます。
これらのことが、一瞬のうちに起きているのを、客席で見ているところを想像してみて下さい。
 チョーン、バサッ、ササササーッ、あっ一人転んだ、ドタンバタン、ゴロゴロゴロ、ズリズリズリズリ。
 客席のあちこちで、クククク、クククク、と、お客さんが必死で笑いをこらえている声が聞こえます。
 それはまるで、私達の世代に燦然と輝くヒーロー、ドリフターズのコントを見ているようで、私達は黒子さんの気持ちも思い遣らず、
「いやー、オイシイ」「替わりたい」と、ヒドイことを口々にインカムで言いあっていました。 
 おいおい、明日は我が身だぞ。

 その浅葱幕の振り落としは、一瞬にしてまばゆくも美しい舞台がお客様の目を射るところに演出の妙がある訳でして、突如現れた錦絵のような舞台に、客席がホーッと全員でため息をつくような空気が広がります。道成寺などがそのいい例です。
 これは、道成寺の公演でのお話ではないのですが。
 チョーンとなってバサッと振り落ちて、美しく飾り込まれた舞台…の真ん中に、
岡持ち持ったそば屋の出前が。
劇場中の空気が大きく「え!?」という字で固まって。
その一瞬が10分以上にも感じました。
そば屋の出前は舞台袖のスタッフに呼ばれ、頭をかいて下手袖に走って行きました。
 恐らく新入りの出前持ちが、楽屋か舞台袖の舞台技術員控室に出前を届けに来て、道に迷ったのでしょう。
 この時はスタッフ全員立ち上がって
「おい、ウソだろぉ!?」
 これもやっぱり、一期一…エ?

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