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 いよいよ、国際福祉機器展のシリーズ4回目です。

 この号が皆様のお手元に届く頃は9月下旬、福祉機器展は9月の12、13、14日ですから、「無事大成功、エライ盛り上がりで大盛況…」ということになってると、いいなぁ。
 今は未だ8月下旬、スタジオ作業が終わって、無事音の絵本「赤鼻のトナカイ」が完成した、ということろです。

 スタジオの製作風景は、私のサイト(www.lunadfuego.com)にて多数写真とムービーと共にアップしてございますので、併せてご覧下さいませ。

 出来上がったCDを関係者の方々が「どれどれ」と、めいめい持ち帰って行かれましたが、毎回この瞬間は、不安な気持ちと、ドキドキと、切ないような、もうやり直しはきかないんだという後悔が(出来上がったばっかりで後悔しててどうする)いっしょくたになって、舞台とはまた違った感慨があります。
 その翌日からもうメールで続々と「私の回りで既に3人ほど泣いてます」「夕べ、家族みんなで気がついたら泣いてました」と連絡を頂きまして、テレ性の私はついつい頭をかいて、「おっかしーなー、笑って貰えるように創ったのになぁ」とスットボケてみせるのですが、心の中では感謝感激、ガッツボーズの連発で、よっしゃーオッケー、ってなもんです。困った性格だ、ホント。

 好評なのは一にも二にも、今回出演して下さった、宮城好子さんのおかげです。宮城さんが主人公の赤鼻、仲間のトナカイ達、サンタクロース、語り、すべてを一人芝居でやっていただくという演出方針が根幹にあり、それを立体音響化することで一人芝居の面白さをより際立たせるというプランは、宮城さんの熱演により、大成功したと言えましょう。

 宮城さんは全盲の方です。企画段階での打ち合わせで、街中や店で宮城さんと待ち合わせすると、この国は本当に不自由にできているなと、我が事のように腹が立ちます。
 目が不自由な人、という言い方を放送でよく使っていますが、不適当な表現だと思います。
 目が不自由、ではないんです。単に見えないだけです。それを不自由と感じるのは、この国が、目の見えない人達にとって、不自由に出来ているからなんです。

 打ち合わせの時に、宮城さんより「スタジオに、背つきの、回転しない椅子を用意して下さい」とのこと。
訳を訊くと、「私達目の見えない者は、まっすぐ動かずに座っているつもりでも、どうしてもフラフラしてしまっている。以前、別の仕事でのスタジオで、そのためにマイクとの距離が変わってしまうとクレームをつけられたことがある」とのこと。
 また、「ビロードやフェルトなどの、音のしない布を用意して下さい」とのこと。台本を点字に打ち直して読むのですが、指で点字を追っていると、紙がこすれる音がしてしまうと、これも別のスタジオで怒られたとのこと。

 開いた口が塞がらないとはこのことです。前回御紹介した私の後輩のレコーディングエンジニア、中山譲氏にこの話をすると、「そんなこと当たり前じゃん」と先刻承知、宮城さんが全盲の方だと私から聞いていた時点で、背付きの回転しない椅子とフェルトの敷物は手配済みでした。さっすが。それでも、中山氏も、宮城さんの話に出てきたスタジオにはあきれ返っていて、宮城さんみたいに上手い方が、そういうことで、目が見えないというだけで、活躍の場が狭められているんだとしたら、こんな口惜しく腹立たしいことはありません。

 7月号で私は、「一人一人が、出来ることをする」という話を致しました。これは福祉の問題に限らず、普通の、生きる姿勢ではないかと考えます。
 宮城さんは、全盲の方ですが、今回の「赤鼻のトナカイ」制作においては、障害者という立場でも、福祉を「受ける側」でもありません。声のお芝居が素敵だから、創る側に回る。それだけです。

 私は、音の世界の人間だから、音で、「出来ることをする」。もし私がプロレスラーだったら、音の絵本は創れない代わりに、階段の前で止まっている車椅子を見つけたら、ヒョイと一人で持ち上げて運ぶでしょう。結局、そういう、一人一人の問題なんじゃないでしょうか。

 私が初めてSRのイロハを学ばせて頂いたのは、脳性小児麻痺の音響プランナーさんのアシスタントをやらせて頂いていた時です。満足に話せない、歩けない、持てない、でも耳と感性は普通の人より数倍優れたその人の手足になって、ゼーゼーヒーヒー言いながら駆けずり回って、SRの修業をさせて頂きました。
 今でも親しくお付き合いさせて頂いてますが、「福祉はホドコシじゃねぇぞ」「障害者を天使や聖人君子扱いするな、こっちが息苦しくっていけねぇや」と、相変わらず鼻息荒いです。

 出来ることをしましょう、みんなで。無理はせずに。

そしてそれはごく普通の、当たり前のことだと思いましょう。「赤鼻のトナカイ」の最後の台詞は、その思いを込めて締めくくりました。

「ありがとうって言ってくれてありがとう。」

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