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 国際福祉機器展へ向けての、連載第3回目です。

 音の絵本「赤鼻のトナカイ」は、有名な「赤鼻のトナカイ」の歌をドラマ化したものです。
 鼻が赤いという理由でいじめられ、「ボクなんか、いらないトナカイなんだ」と泣いていたのが、最後にはその赤い鼻が理由でみんなに「ありがとう」と言われる、この作品を通して、「いらない人なんて一人もいない」と伝え、この作品を最初に発表した3年前の当時問題とされていた自殺の低年齢化に対してのメッセージとなっています。

 サンタさんが赤鼻に言う「いらない人なんて一人もいない。いつかきっと、誰かが、あなたがいてくれてよかった、と言ってくれるよ」という台詞は、それに続いて「だから死ぬな!」という制作サイドの叫びでもあります。

「ありがとうと言ってくれてありがとう」というキーワードにより、感謝されることへの感謝が、好意の押し付けや自己満足を排し、自分が今ここにいる、生きているということへの喜び、感謝になれば、自ら命を絶つなど考えも及ばないはず、という意味です。

そして、作品の中で、サンタクロースが「子供たちのありがとうという言葉が、サンタさんへのプレゼントだ」と言うことで、現実の子供たちの「サンタさんなんていないよ、親がデパートでプレゼントを買うんだよ」という、醒めた、白けた言葉に対してのカウンターパンチにしてあります。
サンタさんからプレゼントをもらった。嬉しい。そういう年齢から、だんだん成長していって、ある年齢になると、自分もクリスマスに誰かにプレゼントをあげたいと思うようになる。そしてプレゼントをあげた相手から「ありがとう」と言われて、自分がプレゼントをもらう以上に嬉しいと感じる。その時、自分が誰かのサンタクロースになった瞬間であり、サンタクロースとはつまり、誰でもみんなサンタクロースなんだということです。

こういうことを、物心ついて間もないうちに、子供たちの心の奥底に眠り爆弾として打ち込んでおき、子供たちが成長していって、スレッカラシの年齢も過ぎ、15年、20年経ったころに、しっかり根付いているように、というのが、この作品のテーマです。

 この作品を聴いた子供が、大きくなるにつれて忘れてしまう。それで一向に構わないのです。お医者さんの話では、記憶というのは、「忘れてしまう」のは、無くなってしまうのではなく、すべて脳の中に記録されていて、それがどこにしまってあるのか、意識上では分からなくなる状態のことなんだそうです。
 ですから、忘れてしまっても脳の中には厳然として存在しており、それが意識の下の無意識の部分で、しっかりと人格形成にいつまでも影響を与え続けることが出来るのだそうです。
 話は脇道にずれますが、よく、車にはねられたり、高いところから落ちたりした時に、その瞬間は一瞬ですが、「非常に長く感じられた」と誰もが言います。
そして、その間に「いろんなことを考えた」「いろんなものが見えた」「いろんなものを思い出した」と言うことを、皆さんも聞いたことがあるでしょう。俗に言う「走馬灯のように思い出が」という、あれです。

 あれは、自分が生命の危機に陥った瞬間、脳はこの危機を回避すべく、何か有効な情報はないかと、記憶の蓄積された部分に入り込み、順不同に次々と記憶を検索するのだそうです。それが「走馬灯のように」記憶が見えるように感じるのだそうです。
 その「記憶の蓄積された部分」は普段、意識の上に浮かび上がってはこない部分だそうです。ですから、忘れてしまうのは、記憶を無くしてしまうのではなく、記憶の蓄積された部分のどこにしまってあるかが分からなくなった状態のことなんだそうで、記憶そのものはしっかり残っていて、その人に影響を与え続けるのだそうです。

 よく、「視覚は意識上の感覚、聴覚は無意識の感覚」と言われます。私は音の世界の人間として、音のこの特性を武器とし、いつまでも覚えておいて欲しいことを子供のうちに聴かせておきたい、と考えるのです。

 音の絵本が、単に目の見えない子供達への、読む行為の代用ではなく、「絵本」を「音」に「変換」して「読む」のではなく「聴く」ことで、「読むよりもストレートに無意識下の記憶に焼き付ける」有効な方法だということが、お分かりいただけましたでしょうか。

 この方法で間違ったこと、悪いことを伝えたら大変なことになります。制作側には、必要以上に目的意識とモチベーションとモラルが求められます。
 そのため、「音の絵本」では、制作上にいくつかの留意点があります。
 流行り言葉を使わない。易しい言葉の反復を多用することで、想像を促す。過激な衝撃音などで安易な盛り上がりやドラマチック化を狙わない。なるべくクラシック音楽、それも小学校の音楽の時間に聴くことになるクラシック音楽を使用する。他にその場にピッタリの流行りの音楽があっても、敢えてクラシックを使うことで、クラシック音楽に親しめる環境を用意する。

 いよいよ8月下旬、レコーディングです。この号が皆様のお手元に届くころ、私はスタジオで七転八倒しているでしょう。

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