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 国際福祉機器展へ向けての、連載第2回目です。

 3年前、私は「音の絵本」の制作で、「赤鼻のトナカイ」を手掛けました。
 現場の皆さんには御理解いただけると思いますが、クリスマスシーズンの作品をクリスマスに発表するとなると、舞台公演であれ、完パケであれ、企画は夏前にスタートし、スタッフ会議は真夏に、早い場合は制作そのものが真夏にスタートします。

 ですから、セミがヂーヂーミンミンやかましい、うだるような真夏に、大の男達が頭寄せ合って、日焼けした夏バテの顔でサンタがどーした、クリスマスツリーがこーした、トナカイがあーした、と汗をポタポタかきながら話しているのは、傍から見てると大いに笑えるのですが、私達当事者は到底笑ってはいられません。

 3年前もそうでした。そうやって出来上がったCDブック「音の絵本シリーズ 赤鼻のトナカイ」は、クリスマスシーズンの少し前、11月ごろから配布を始め、私には、夏になると頭の中で赤鼻のトナカイの音楽と、ソリの鈴の音が響くようになってしまいました。
 さて。配布されたCDブックですが、毎回そうやっているように子供達の感想を集めてみると、おおむね好評で、私達はホッと一安心していました。

 ただ、その感想の中に、幾つか、似たような感想がありました。
「吹雪の中を、赤鼻のトナカイのソリが空を飛ぶ所がドキドキした。赤鼻と一緒に空を飛んでみたかった。」
 この、「赤鼻と一緒に空を飛んでみたかった」というところが、幾つかの感想の中に共通していたのです。

 私が「う〜む」と考え込んでしまっていると、他のメンバーは、「何をそんなに悩む必要があるのさ」「それだけ作品にのめり込んで聴いてくれてたってことでいいじゃないの」と、笑って取りあってくれません。

 私は、「一緒に空を飛んでみたかった」と言われたら、一緒に空を飛ばせてあげたいのです。一緒に空を飛んでいるような気がした、と言われたいのです。

 勿論、音のドラマの醍醐味は、映像作品と違って、イメージを強制的に統一するのではなく、音のドラマを聴いて、聴いた人それぞれが想像のイメージの映像を頭の中に結ぶ、その自由度にあって、同じ音のドラマを聴いても、例えばサンタさんの顔は聴いた人それぞれの想像のイメージの中で、みんな全然違う顔をしている訳です。

 そこが、映像作品が逆立ちしても出来ない音のドラマの魅力な訳で、「赤鼻のトナカイ」を聴いて、一緒に空を飛んだ気持ちになっている子供達も既にいるかもしれない。赤鼻が空を飛んでいるシーンを聴いて、それを下から見上げている情景を想像するのは、聴いた子供の性格や生活環境、精神状態にも影響されるのだから、提供する側はこれ以上作為的にする必要はないのではないか。いろんな意見が出ました。

 みんなもっともだと思います。恐らく私の超個人的なセンチメンタルなのでしょう。「空を一緒に飛んでみたい」と言った子供の一人が、病院で長期入院している、ずっとベッドに縛りつけられて寝たきりの子供だったのです。寝たきりの子供に空を飛んでいるような気持ちを味あわせてあげたい。私の想いはたったそれだけです。

 そこに、手を貸してくれようという、有り難い人達が現れました。ローランド(株)の長年の友人、川内哲彦さんと、私が尊敬する私の後輩、レコーディングエンジニアの中山譲氏です。
 この後輩に対して尊敬という言葉を使用するのに躊躇はありません。制作や、普段の物事に対する彼のたたずまいは、到底私には真似できません。

 こうして、CDブック「音の絵本シリーズ 赤鼻のトナカイ」は、立体音響作品として再制作されることになり、これを、国際福祉機器展に出品することになりました。
 立体音響という演出が、万能だとは思っていませんし、「空を飛んでいるような」気持ちになれるかどうか未知数です。

 また、音の絵本というものそのものが、元々は、目の見えない子供や、病院に長期入院している子供たちへの、絵本を「読む」行為の代用としての役割として企画されましたが、健常・障害を問わず、子供たちに、「耳をそばだてる」行為に気づいてもらい、「音を聴いて想像する」という、音に対して能動的になり、想像するという右脳活動を活性化させるという目的をも含まれています。

 福祉は、健常な者が障害や高齢の者に対して何かするというものではなく、(健常、障害という言葉すら使うのがイヤです。目の見えない人は指先に10の目を持ち、普通に目が見える人よりもよく把握できると言われています)健常も障害も高齢もない、「普通に暮らせる」世の中、と私は考えます。

 それに対して、みんなが、自分の出来ることをする。
 私は音の世界の人間なので、音を使って、自分の出来ることをする。それだけです。

 サン・テクジュペリ「星の王子様」の一節に、こんな言葉があります。

「大事なことは、心で見るってことだよ。目で見ようとするから、見えないんだよ。」

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