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 パリは街中でも屋内でも、足音の聞こえ方が違う、と気付いたのは、空気がカリンと音を立てるように凍てついた、寒い冬の夕暮れ、パリの友人宅に招かれた時のことでした。

 戦災によって古い建造物を多く失ったロンドンで聞いた音とは、全く趣を異にします。
 街中では足音は石畳から古い石の壁に響き、それが古く狭い路地に反響します。普通の一軒家でもアパルトマンでも背の高い建物が多く、それは反響音に影響を与えるだけでなく、路地に滅多に日の光を与えないため、冷えた空気がいつも更に冷やされ続けて地表に澱み続けさせています。そうやって冷やされ続けた空気も、足音に微妙な色合いを与えているのでしょう。

 アパルトマンは100年以上も経ったものが今でも十分に威容を誇り、階段は広く高い吹き抜けに、分厚い一枚木で一段づつ造られていて、歩くとカツンでもコツンでもガタンでもゴトンでもなく、ゴッ、ゴッ、と重厚な音を立て、それが石の壁の吹き抜けで響いて得も言われぬリヴァーヴを聞かせてくれます。

 パリの冬は、夕方は4時で真っ暗、朝は9時過ぎないと明るくならず、これだけ長い夜をどうやって過ごそうかと考えれば、あの気が遠くなるほど長い食事時間も、順番に食事が運ばれてくるというスタイルも、オペラやコンサートも、なるほどと頷けます。
 食事の後、その友人宅でヴァイオリンの演奏を披露してもらいましたが、アパルトマンでも天井は5m近くあって、間近で聞こえるヴァイオリンの直接音に、実に得も言われぬ部屋の響きが降り注いできます。
今まで認識していたルーム・エコーは一体何だったんだと思わせられてしまいます。

 なるほど、その土地の文化・芸術は、その土地の風土気候の中から生まれ、育まれたものであって、それを他の気候風土へ持っていっても、それはプレゼンテーションになりこそすれ、本質を知る・味わう・体感するには至らないというのは、その通りだと思います。

 先に述べた食事の時間やスタイルも然り、オペラやコンサートの開演時間ひとつ取っても、同じことが言えましょう。それをそのまま日本に持ち込んだって根付くわけがありません。
 ヴァイオリンだって、ヨーロッパの気候風土、その気候風土の必要に応じた建築環境の中で育まれてきた楽器だというように、そのバックボーンを読み取る作業をしなければ、いくらヴァイオリンが素晴らしい楽器だからといっても、ヴァイオリンだけを持ってきて演奏したところで、単なるヴァイオリンという楽器のプレゼンテーションに終わってしまい、本質を知ることも、新たな気候風土に根付かせることも不可能です。

 これは歌舞伎で長唄をやっている友人から伺った話ですが、歌舞伎がヨーロッパへ公演旅行に行った折、向こうは乾燥していて「いやぁ、三味線がキンカラキンカラしちゃって、泣かねぇんだよ。」とおっしゃっていたのを覚えています。きっとヴァイオリンも同じことが言えるんだと思います。

 私達は、四季それぞれの期間がほぼ均一で湿気の多い、日照時間もヨーロッパに比べてやや長めの、東南アジアの人間です。これを否定したり変換したりすることは出来ません。どんなにヨーロッパが好きでも、ヨーロッパで朝目が覚めると、唇がパリパリになったり目ヤニが出たりして、身体がどうしようもなく自分はアジア人であるということを主張してきます。

 そういう人間がものを創造し生み出すのですから、芸術とは優れた芸術家が生み出すものではなく、その土地の気候風土が、芸術家をフィルターとして、この世に芸術という神の御業を与えてくれていると考えるべきでしょう。ゼロから全て、人間である芸術家が生み出していると錯覚したら、幾ら偉大であっても芸術家としてはそれはおこがましいことであり、そう錯覚した時点で、風や雲や日の光は、つまり風土は、その芸術家に何も与えてはくれなくなるでしょう。

 現代こうして文明が発達し、地球上のどことでも交流が可能になりましたが、だからといって地球のどこでも同じ芸術が行われる、というのは、ちょっと人間として地球に対し思い上がりというか、地球に笑われると思うのです。

 地球、そのそれぞれの地域での気候風土が時間をかけて熟成してくれた文化どうしが、出会って融合を始めるとしたら、やはりそれだけの時間が必要であり、現代はちょうど、その融合が始まったところでしょう。

 勿論、融合を考えずに、ただ運んできてコピーして「ああ素晴らしい」というのは論外です。
かつてヨーロッパ共通の宿敵だったトルコ軍の軍用太鼓だったティンパニーが、スタイルを変えて、ヨーロッパにフィットするように溶け込んで現在のオーケストラの楽器になったように、違う芸術を迎えて、それがその土地に従来在った芸術と融合していく作業を、この日本という国は最近しているでしょうか?

 日本の古い芸術を愛する人々も、反対に新しい芸術を生み出そうとしている人達も。

 セーヌに浮かぶ船上レストランで件の友人にこの話をすると、「パリはいつもそうやって何でも歓迎してきた。但し、己の確固たるアイデンティティを持つものだけだが。それらを受け入れて融合し、いつもパリは変容していく。それがパリの素晴らしさなのだ。」
と乾杯されてしまいました。

おい、そりゃ我田引水も甚だしいぞ。


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